Prologue
真正面から強烈な打突を食らったみたいな、そんな強烈な一目惚れをしたことが、ある。
そいつは自分よりも二つ歳が離れていて、愚かなくらいに前しか見ない男だった。代わり映えのしない色褪せた毎日に、色をくれた男。彼に出会い、死に物狂いでその背中に追いつき、追い越したくて、毎日手の皮がズルズルに剥けるまで竹刀を振り続けたのは、今では良い思い出である。
『山姥切国広という。歳は五。趣味は剣道で、特技も剣道だ。よろしく頼む』
初めて彼と出会ったのは、己がまだ齢三の時。庭先の花椿が見頃となった、冬のこと。父親に連れられた彼が突然長義の家を訪ねてきて、そこで無理矢理親に引き合わせられたのが、すべての始まりだった。
『山姥切長義だ。こちらこそ、よろしく頼むよ』
外は雪が降っていた。血のように赤い花の上に、薄く膜を張るよう降り積もった粉雪。氷の結晶が陽の光を反射して、庭の至る所がキラキラと輝いている様は、まるで真昼の星空のようだった。
しかし、そんな美しい景観を冷めた目で眺めていた長義は、その時酷く退屈していて。どんなに綺麗な景色も眼中に入ってすらいなかった。ぼうっと外を見ながら考えていたのは、早く帰って炬燵に入りたい、客人の相手なんてめんどくさい、愛想を振りまくのが疲れる。せいぜいが、それくらいで。そんな愛想もへったくれもない長義に国広が持ちかけてきた『遊び』が、手合わせだった。
『あんた、暇か? 暇なら俺と手合わせ頼む』
そこで子どもらしく鬼ごっこや隠れ鬼をするでもなく、手合わせをしようと言い出すあたりが、実にあの男らしい。
――パァンッ!
そう、あれはまさしく、鬼の一閃。あの一打に、己は魅入られてしまった。
「山姥切! すり足が疎かになってるぞ!」
「はいっ!」
道場の床を震わす気迫のこもった掛け声に、迷いのない一打から繰り出される、気持ちの良い打突の音。そのすべてを愛していた。初めは男を打ち負かすために始めた剣道だけれど、その魅力に取り憑かれてからはのめり込んでいく一方で。もっと上を目指したい。高みの景色を見てみたい。強い相手を倒したい……そんな欲求は尽きることを知らなかった。
《黒泉館高校三年・山姥切国広 四大大会制覇》
速報で知ったあの男についての記事が、頭をちらつく。
(待っていろ)
いつか絶対に、追いついてみせる。
己の道を切り開くその一打に、すべての想いを込めて。
長義は大きく振りかぶってくる相手の面めがけ、竹刀を振り下ろした。