雪が降っている。
しんしんと、死に化粧を施すように。剥き出しのコンクリートを、氷霜を纏った木々たちを、靴跡の残る街道を、すべてを白一色に染め上げていく。
「寒いね」
冬は嫌いだった。階段下の物置に押し込められ、一人きりで寒さに震えた夜を思い出すから。
「なんだ、温めて欲しいというお誘いか?」
「は⁉ んなわけないだろ!」
「ふっ……さて、どうだか」
うねうねと蛇のように身を捩る畦道を、二人で歩む。
表舞台から突然姿を眩ませた英雄について、今頃各マスメディアたちは面白おかしく騒ぎ立てていることだろう。昔から好奇の視線に晒されることには慣れていた。だから、今のような状況は別に何とも思わない。ただ、闇の陣営側を調子づかせるような煽り方だけはしてくれるなと、ハリーは大して信じてもいない神へ祈った。
「それで、これから何処に行く?」
「……まずはリトル・ハングルトンへ行こう」
「リトル・ハングルトン?」
ぎゅうっと、繋いだ手に力を籠める。怪訝そうにこちらを見下ろす青年へ、ハリーは安心させるように微笑んだ。
「すべての始まりの場所さ」
彼の故郷へ着いたら、リドルの墓参りをしよう。隣に本人がいるのに墓参りというのは変な感じがするが、あの白い牢獄で暇を持て余している男を、少しばかり揶揄いに行ってみるのも悪くない。それで、リドルの墓参りが終わったら、今度はゴドリックの谷へ向かってみようか。
「トムを紹介したら、父さんたちが顔を真っ赤にして怒り狂いながら、君に歯呪いの呪文を飛ばしそうだ」
二人分の足跡が点々と続いていく。
肌寒い夜は肩を寄せ合い、嘗て彼が無駄なものと斬り捨てた愛を、うんざりするほど囁いてやる。そして悪夢に魘され眠れぬ夜は、お伽噺を聞かせてやるのだ。ペベレル家の三兄弟の物語。死と遭遇した三兄弟は、自分たちの遠い祖先であるのだと伝えたら、彼はどんな顔をするのだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする男を思い浮かべて、ハリーはこっそりと笑った。
この贖罪の旅路に終わりはない。
いつ自分たちがあの白い駅へ辿り着くのか、それもわからない。けれど、どんなに辛くとも、苦しくとも、彼が本当の意味で己の犯した罪の重さを理解するまで、ハリーはとことん付き合ってやるつもりである。いくら拒絶されようと、絶対に彼の手を離してなんてやらない。死なば諸共。一蓮托生。旅は道連れ。独りにさせてなるものか。
「トム、」
はぁ、と吐き出した息が、瞬く間に白くなる。
「愛してるよ」
「……」
返事の代わりに口づけが降ってきた。
「ふふっ」
――あぁ、温かい。
あれだけ嫌いだった冬が、少しだけ好きになれたような気がした。
【wHiteOut 完】