*瑠璃に沈む

TOUKEN RANBU

 長義と身体を重ねるようになって、幾ばくかの日が過ぎた。
 一糸纏わぬ姿で共寝をし、肌を触れ合わせながら緩やかな目覚めを迎える。微睡みの中で目の前に横たわる彼の胸元へ擦り寄れば、己を抱く腕に僅かに力が込められる、その瞬間が好きだった。
「……起きたのか」
 寝起き特有の掠れた声が、国広の鼓膜を甘く擽る。また今日も、何も問うことが出来ないまま、己は朝を迎えてしまったらしい。
「……ん」
「まだ夜明け前だ。もう少し眠っていろ」
「あぁ……」
 彼がこの本丸の刀でないことが事実なのかどうか、それからこうして国広を気にかける理由は何なのか。どれも一つとして長義に聞けないでいる。こんなにも己が臆病だとは思わなかった。何度彼に真実を問おうとしても、どうしてもこのぬるま湯のような関係を壊したくなくて。結局こんなにも時が経ってしまった。
「長義……」
「……寝れないのか?」
「うん……」
「そら、もっとこっちに寄れ」
 腰に回された長義の腕が、ぐいっと国広の身体を引き寄せる。隙間無く密着すれば、滑らかな肌からじんわりと体温が滲んだ。染み入って、溶け合うみたいな心地良さが思考を蕩かす。夢現の狭間を行ったり来たりすること暫く。あと少しで眠れそうだ……と思ったところで、腰回りを這う掌の動きが、淫らなものへと変わった。
 腰の括れを指先が辿り、下腹部が硬い指の腹で緩く押し上げられる。そして臍に指先を引っ掛けたかと思うと、その手は無防備に晒された尻たぶへと向かった。やわやわと肉を揉まれ、男の吐き出した残滓の残る蕾の周りを、焦らすように撫でられる。無意識に力を入れてしまっていたのだろう。きゅうっと収縮した入り口から、少しだけ中に吐き出された白濁が漏れ出た感触がした。気恥ずかしさから慌てて男の手を離そうとするも、それを見越したかの如く蜜壺の中に指を突き入れられて、心臓が跳ねる。
「ふ、ぁ……ッ」
「……イイ声」
 耳元で囁かれた低い声に、ゾクゾクと背を震わせながら身を捩った。
「あ、やめ……」
「まだ柔らかいな……それに熱い」
 実際言葉にされると羞恥が倍になる。否定は出来ない。事実、国広の身体は昨夜の熱の名残が燻っていた。眠れなかったのも、興奮が冷めていなかったからである。本当はじっと耐えていれば何とかやり過ごせるだろうと考えて、極力動かないようにしていたのだが。慈しむような声で「国広」だなどと戯れに名を呼ぶ男を前に、最早それが叶わぬことであるのを悟ってしまって、国広は取り繕うのを諦めるしかなかった。
 さて、一度火がついてしまったものを鎮めるのは中々に難しいものがある。まさかこの場で一人処理をするわけにもいくまい。
(どうしたものか……)
「ふ……っ」
 おろおろと視線を彷徨わせていると、耐えきれないとばかりに笑われたのがわかった。国広の考えていることなど全てお見通しとでも言うかのように。こいつは本当に性格が悪い。咄嗟に赤面した顔を上げ、己を弄ぶ男の顔を拝んでやると、案の定長義は意地の悪い笑みを浮かべていた。
「で? 何か言うことは?」
「この……っ」
 わかっていて国広から強請るのを待っていたのか。普段こそ淡白そうな体を貫いているくせして、こういう時ばかりねちっこくなるから腹が立つ。誰が言うか、なんてそっぽを向こうとすると、ぐっと下顎を掴まれ無理矢理顔を向き直らされた。抵抗するにも力が強く、顔を背けることが出来ない。そうしているうちにも長義の手は好き勝手に愛撫を始めており、国広の身体は男の一挙一動に健気にも反応してしまっていた。
 このままでは正直かなり辛い。しかし、長義の思う通りに動くのは癪だ。
「誰が、……っ」
 歯を食いしばって耐える。涙目のまま睨みつければ、長義は雄の顔をして口角を吊り上げた。罠にかかった小動物でも見る目だ。本能的に少しだけ怯んでしまう。
「何が欲しいか言ってみなよ。そら、全部与えてやるから」
 ごりごり。言いながら、硬いものを太腿へ押しつけられ赤面する。こうも恥ずかしげなく己の欲を曝け出せるのは、一種の才能だ。必然的に苦虫を噛み潰したような顔になれば、それを直視した長義が声に出して笑った。
「ふ、ははっ! お前、その顔……っ」
「〰〰……っ!」
 楽しげな男の様子を見ていると、なんだかもう色々とどうでも良くなってくる。
「……俺が欲しいんじゃなくて、お前が俺に突っ込みたいんだろ」
 なけなしの矜恃が邪魔をして、素直でない言葉を吐き捨てた。そこで、である。そんな国広に揶揄うような視線を寄越した腹立たしい男が、その目の奥をギラつかせた瞬間を運悪く目の当たりにしてしまった。
「おや、可愛げのない。誘い文句としては〇点だ。これではとてもじゃないが優はあげられないな?」
「監査官気取りはやめろ! ……っん、」
「んー……聞こえないな」
 ごろごろと二人して転がり、仔猫のようにじゃれ合いながらキスをする。互いの呼吸も、鼓動も、一つになったように錯覚して頭がぼうっとしてきた。ただ、こうして戯言を投げ合いながら二人共に在るのが嬉しくて、楽しくて……言葉に出来ない感情が溢れてくる。この感情を何と呼べばいいのだろう。
(長義なら、知っているのだろうか)
 目を瞑り、目の前の柔肌に甘く噛みつく。ぎゅっと抱き込まれたかと思うと仰向けに転がされて、両膝に掌があてがわれた。そのままぱかりと足を開かされて、秘部が無防備に晒される。
 そこは期待に濡れてはしたなくひくついていた。その様を前に、男が無意識のうちに舌舐めずりをする。長義のこの顔はいけない。己の中の何かを狂わせてゆく。壮絶な色香が長義から立ち昇り、組み敷かれた国広の胸はバクバクと早鐘を打つように脈打った。このまま速度を上げ続ければ、心臓が壊れてしまいそうだ。
「長義……」
「言わずともわかるさ。……今くれてやる」
 ちぅ。
 先端が入り口に挨拶代わりのキスをする。期待が最高潮に達した蕾が、待ちきれず喜びのあまり吸い付いた。ちゅぱちゅぱと何度か戯れを繰り返して、ついに一番太い亀頭の部分が綻んだ穴のナカへ押し入ってくる。満足するにはまだまだ足りない質量。されど、このズンッと縁を突破されるあたりの刺激が堪らなくて、国広はいつも小さく喘いでしまうのだった。
「は、は……っ」
 気持ちいい。
 膝が震え、腹筋が波打つ。薄い腹に添えられた硬い武人の掌が、浮き上がりそうになる腰を無理やり押さえ込み、そのせいで逃げ場を失った快感が身体の中をぐるぐると巡った。上から圧迫され、ぬるついたナカの動きがより生々しく感じられる。焦ったいほどにゆっくり胎を犯す男の剛直に物足りなさを覚えて、国広の肉壁は催促するように中の逸物を咀嚼した。飴玉でもしゃぶるように熱く絡みつき、きゅうきゅうと男の欲を程よく締め付ける。必然、長義は一瞬だけ息を詰まらせて動きを止めたが、彼の動きが止まったのはその瞬間だけで、後はまた焦らすようにじっくりと内側を攻めていった。
 ず、ず、と深く入り込んでくるにつれて、息が浅くなってゆく。敏感なところをくびれが抉る度、国広の口から艶声が漏れ出た。
「ぁ、ん……ちょう、ぎ」
 脳髄を蕩かすような快感に浸りながら、涙目で男を見つめる。潤んだ翡翠にはさらに大きな快楽への期待がちらついていたが、長義はそれに敢えて無視を決め込んだ。
「なんで……ひぅっ……、あ、やっ、だめ、そこ……っ」
「あー……愛いな……」
「何度も擦れて……あ、ダメ、ひど……ぃ」
「酷くないよ。お前だって焦らされる方が燃えるだろう?」
「そんなことな、んん……っ!」
「そら、締まった」
 内側の膨らみをわざとらしく何度も突かれる。力を加減されているせいで、ピリピリとした中途半端な快感だけを拾ってしまって、まさに生殺し状態だった。ならば恥を掻き捨て自分で良いところに当ててしまえば……と腰を動かそうとすると、それを見越した男の手によって腰の動きを封じられる。その際、一段と強く下腹部を押さえつけられるものだから、下と上両方から前立腺にゴリゴリと押し潰される形になって、意識が飛びそうなほどの快楽に襲われた。
「か、は……っ」
 目の前に星が飛ぶ。欲を剥き出しにした男が、これでは足りぬと一気に腰を進めた。
「はいはい、まだ意識を飛ばすのは早いぞ」
「ちょうぎ、それだめだ……! あー、あ、アアッ!」
 波打つシーツを足の指先で掴んで、悦の奔流をやり過ごす。長義は異常に緩急の付け方が上手かった。ここぞ、というタイミングで一息に仕掛けてくる。あまりにももどかしい動きが続いていたものだから、国広は今までそのことをすっかり忘れてしまっていた。
 悔しい。てんでいいように掌の上で転がされている。こと寝技に関して、この男より優位に立てた試しがなかった。いつもそうだ。国広が泣いて懇願しても「愛い愛い」と軽くあしらわれるばかりで、暫く長義が飽きるまで遊ばれた後、ようやく頼みを聞いてもらえるというのが常だった。こんな性悪男にすっかり骨抜きにされてしまっている自分が、否、同じ男に容易に翻弄されまくっている自分が途端に情けなく思えてくる。せめてこれ以上無様を晒すことの無いようにと、唇を噛んで声を我慢することに決めた。
「こら、噛むなって」
「……っ、や、」
「声を聞かせろ。お前の声が聞きたい」
「ん、んんっ、ぁ……っうあ、」
 今にも血が出そうなくらいに強く唇を噛んでいた国広を嗜め、噛みつき防止にと長義の指が無造作に口の中に突っ込まれる。その拍子にそれまでなんとか抑え込んでいた嬌声が漏れてしまい、顔が熱くなった。
 今の自分の顔を鏡で見たら、きっと茹で蛸のように赤くなってしまっているに違いない。ますます居た堪れなくなって、まだ始まったばかりだというのにもう既に終わりにしたくなった。というか、さっきの不意の一突きから、まだ半分も挿れていないではないか。何をちんたらやっているのだ、この男は。やるならさっさとやることやって終わりにしてほしい。でなければまた何か恥を晒してしまうだろうから。
「な、んで……そんな、ゆっくり……」
 恨みがましい声が出る。長義はいつも、中に入る時はやたらとゆっくり入ってきた。焦らしているのか、国広の反応を見て愉しんでいるのか、その理由は知らない。ただ、二人が一つになるその瞬間に見せる男の顔は、今までに見たことがないほど無防備で、恍惚と熱に浮かされた顔をしていたのが印象的で。毎回その熱にあてられてしまう自分は、結局今まで一度も強い抗議が出来ないでいた。
 それもこれも、全部この男の顔が見惚れるほど美しいのが悪い。寸前まで吐き出されようとしていた言葉が、軒並みすべて引っ込んでしまうくらいに破壊力が抜群なのだ。
「ちょうぎ、もう……」
「なに……」
 おずおずと己を犯す雄の身体へ手を伸ばす。汗ばんでしっとりした銀髪に指を絡めて、さらさらと毛先まで撫で上げた。もどかしい、辛い、苦しい。もっと激しく突いて欲しい。先程からすっかり熟れてそそり勃っている胸の飾りを喰まれながら、気持ち良い場所をガツガツと容赦なく突き上げられたい。何かを考える余裕も、思考する頭も持てぬくらいに激しく、ただひたすらに揺さぶられて男の存在を直に感じていたい。
 それらの欲求はしかし、言葉にするには些か己の限界を超えていて。楽しげにこちらを眺めている男の目からそっと視線を逸らした国広は、仕方なしにおずおずとその十分の一にも満たぬ我が儘を男に告げた。
「もう、奥まできてくれ……いつものとこ、突いて……っ!」
 ずるり。
 しかし、必死の懇願も虚しく、今度はナカを満たす質量が引き抜かれていく。明らかにわざとであった。焦った国広は、咄嗟に両足を男の腰に絡めて、これ以上外へ出ていけないよう男の動きを封じようとする。
「抜くな! なんで、……っ長義、ちょうぎ、」
「ん、」
「ふぅ、ん……」
 哀れなほどに男の名を繰り返す国広が、ついに泣き出しそうになった時。呼吸ごと飲み込まんとする激しい口吸いを仕掛けられた。赤い舌がチラつく半開きの唇に貪りつかれ、あっという間に口内を蹂躙される。好き勝手に蠢く長義の舌は熱く、ヌルついていた。上顎を、舌の裏側を、そして歯の並びをなぞるように丁寧に舐め尽くされれば、快感から肌が粟立つ。
 先程までの緩慢な行為からは打って変わって性急なそれに、国広は息をするだけで精一杯という有様だった。
「もっと……っ、もっとくれ、長義……」
「……っ」
 きゅっと、自分を見つめる男の目が、猫のように細められる。
「足りない、から……っあ、はぁ……っ、それ、好き……、」
 ――どちゅんっ。
「ひぁっ!」
 ゆさゆさと緩やかな突き上げに感じ入っていた最中、突然ぱちんっ! と音が鳴るほどに腰が尻たぶに打ちつけられた。頬に張り手を食らったかの如き衝撃を受けて、国広は暫し唖然と己に覆い被さる男を見上げる。涙に揺蕩う翡翠には期待の色が滲んでいて、それを見た長義は思わず悔しげに唸った。
「……あっぶな」
 ボソッと呟かれた言葉の意味は、生憎熱に浮かされた国広の頭じゃ理解が追いつかない。
「……お前ね」
「……?」
 小首を傾げ訝しげにする国広を、長義が忌ま忌ましげに睨む。
「……煽ったのはお前だからね」
「え、? ……っひ、んあっ⁉」
 そこからの長義の動きは、ただひたすらに激しかった。深いところを突き上げられ、先刻とは比べ物にならないほどの快楽が脳髄を揺らす。ゴツッと腰骨が肉にあたる感触すら、国広にとって気持ち良いものとなった。
 昨晩中に出したものが、衝撃で尻穴から溢れて泡立つ。潤滑油など要らぬほど潤んだ胎内が、ごちゅごちゅと突き上げられる度に、きつく収縮した。男の種を一滴も残さずに搾り取ってやる。そんな浅ましい目論見が透けて見える動きに、己の上で腰を振る男の息がだんだんと上がってゆく。
「あ、あ……っ」
 足先から頭まで浸る程に注ぎ込まれた、長義の霊力。己の思考を挟む隙もなく、またぼんやりし始めてきた意識で、何となく青瑠璃の瞳を見上げると、その瞳孔は野生の獣のように開ききっていた。はーっ、はーっ、と荒く息を吐く様からは色濃い雄の匂いが漂い、無意識のうちに胎がきゅんと締まる。
 男と目があったその瞬間、己は雌となったのだと急速に自覚した。させられた。
「な、」
 いつから、いつからだ。
 いつから、この男はこんな目を俺に――。
「ぐ、ぅ……っ」
「ひぅっ」
「はぁ……くに、ひろ」
 耳元で囁かれる。その声があまりに艶めいていたものだから、国広は未だ嬉しげにうねる中の動きを緩めることが出来なかった。
「は、ぁ……アッ」
「ふ……おい、締めすぎだ。緩めろ」
「だが……、」
「ぁっ……ぐ、この……っ」
「ああ! ン、だめ、あ、……! そんな、動くな……っ!」
 ズンッ! また最奥を穿たれ、空疎な息が口から漏れ出る。かはっと苦しげな声を聞くや否や、長義は国広の息が止まっていたことを察したのか、頬を叩いて「息をしろ」と言ってきた。そのまま激しい律動に翻弄されること暫く、ナカに深く埋め込まれた男根が、小刻みに震え出したのを感じる。
 絶頂は、もうそこまで迫っていた。
「あ、ちょう、ぎ……っ、ん、んん〰〰……っ!」
「はっ、国広……っ」
 堪らず男の首へ縋りつく。ビクビクッ! と全身をバネのように跳ねさせたその刹那、長義が国広の肩に思い切り噛みついた。
「いっ!」
 がぶり。
 肉を引きちぎられたのでは、という考えが過るほどに強く、柔肌に歯を突き立てられる。汗ではない何かが、肌の上を滴り落ちる感触がした。
「イッ……た?」
「ん……」
 国広が問うと、長義が短く返してこくこくと頷く。童子みたいで、愛らしい。
「もう、俺の全部が長義でいっぱいだな……」
「……この、戯け者」
「んっ……」
 ちゅ、ちゅ、と軽く口付けられるのが嬉しくて堪らなくて。今度は自分から積極的に、男の唇を啄んだ。
 障子の隙間から朝日が漏れる。
 朝を告げる小鳥の歌声は聞こえない。何せ、ここはこれでも海底なわけで。その代わりに目を覚ましたらしい付喪神たちの声が、中庭を中心に喧しく響き始めた。
(幸せ、だな)
 まだろくに息の整わぬ中で、国広の口角が僅かに緩む。
 刀の身には過ぎたる幸福を噛み締めて、ぎゅうっと己を抱き締める男の腕の中、愛しい人の心音に紛れる穏やかな日常の音へと耳を澄ませた。


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