Prologue
多分、この時の俺たちは頭がおかしくなっていた。
「アッ……! や、はげし……、ンァアッ!」
ぐちゅぐちゅと卑猥な水音を立てながら、無我夢中に腰を振る。やだやだと頭を振った国広はしかし、本心から嫌だと思っているわけではなかった。ただ怒涛の勢いで押し寄せる快楽の荒波を前に、腰が引けてしまっただけで。やだ、やめて、というのは即ち動いてもいいが今だけは『待って』と同義だった。
「あー……お前、最高」
ぬっぷぬっぷと緩急を付けて腰を揺らす男が、恍惚とした息を吐く。さっきからこいつ、最高とエロいしか言ってないな。否、馬鹿の一つ覚えのように同じ言葉を繰り返しているのはお互い様か。唯一今出来ることといえば、ただただ目の前の快感を追いかけて、男が腰を打ち付ける度にひんひん喘ぐだけ。アルコールに溺れてズブズブになっていた思考回路では、もう何も考えられそうになかった。
(気持ちいい……もう女とセックスしなくてもいいんじゃないか?)
熱に浮かされた頭で考える。
国広は今まで、女との恋愛がうまくいった試しがなかった。やれ映画館に行こう、遊園地に行こう、水族館に行きたい、オシャレで可愛くて写真映えするランチに行きたい……面倒だからと女任せにしていれば、つまらない男と呆気なく振られる。そして、また第二、第三の彼女が現れては、例に漏れずあっさり国広を振って去っていくのだ。
元々国広は話し上手なわけでも、気が利くわけでもない。そんなことは少し顔を合わせて話していればすぐにわかることだ。それでも女が国広と付き合おうとする理由は簡単だった。見た目だ。自分ではちっともわからないのだが、どうやら国広の見た目は女たちからすれば極上の逸品らしい。そんな男だからこそアクセサリー代わりに連れ歩いて見せびらかしたいのだろう、というのは、国広の数少ない友の見解である。なるほどな、と納得してしまったのは、己が自分の容姿に特別自信を持っているからとか、そういうわけではない。友人の言葉を前提とするならば、歴代の彼女たちの行動に筋が通ったからだ。
同時に思った。女なんて碌な生き物ではないと。自分に恋愛事は向いていないと。
「考え事とは余裕だね?」
「はぁ、っ! な、んで……ア、やだ、ぁ……っ!」
焦らすように限界まで引き抜かれて、ゾァッと背筋に甘い痺れが走る。期待と恐怖の板挟みになって、興奮から心臓がバクバクと鼓動を逸らせた。
ズンッ!
一気に最奥まで突き入れられて首を仰け反らせる。すると、すかさず無防備になった首筋に噛み付かれ、さらにナカを締めつけてしまった。痛みを快感と勘違いするなんて、いよいよ己も末期らしい。嬌声を上げながら、内側にみっちり埋め込まれた男の存在に意識を集中させる。そんな国広の様子に満足したのだろう。男が機嫌良さそうに笑ったのが気配でわかった。
「ただの冗談だったんだがな……この分じゃあ暫く他の女とはヤれそうにない」
「俺だけ、で……いいだろっ」
「ふっ、……何、嫉妬かな? かわいいね」
自惚れるな、と吐き出されようとした言葉たちは、男が無理矢理キスをしてきたせいで飲み込まざるを得なくなった。断じて違う。勘違いするなと言いたい。国広はただ自分から動くのが面倒だから、男に主導権を譲ってやっているだけだ。男に独占欲を抱いているわけではない。
「ほんと、かわいい。くにひろ、くにひろ……」
名前を呼ばれながら小刻みに前立腺を突かれれば悶絶する。カクカクと跳ねる国広の腰を、熱く火照った男の手が力づくで上から押さえつけてきて、今度は奥へ肉棒を捻じ込まれた。身体を重ねてわかったことだが、男はセックスが上手い。しつこいくらいに丁寧な愛撫で気分を盛り上げ、絶妙な力加減と間隔でもってして後孔を虐め抜く――そこから絶頂に至るまでのスムーズさ。同じ男としては見習いたいばかりだ。
性感帯を開拓され続けること一時間。すっかり国広の身体は男に調教されてしまって、気がつけば自ら求めるように男の頭を掻き抱き、もっともっとと腰を擦り付けるようになっていた。
「んん……っ! ちょ、うぎ……ァ、あ、」
「もっと呼んで」
「奥……っ! おく、はやく、ついて、……ちょうぎ!」
「……っおねだりの仕方は教えたはずだけど?」
男の動きが止まり、尻穴から容赦なく怒張を引き抜かれる。
「あ、んっ」
なんで……!
思わず切なげな声が漏れ、顔が熱くなった。おねだりの仕方。まだ理性がカケラほど残っていた時にやれと言われたあれか。あの時はここまで乱れていなかったため、馬鹿言うなと一蹴したけれど、今ならば。
かぱり、と両膝を割り開いて秘孔を曝け出す。気恥ずかしさはあったが、蕩けきった理性など最早あってないようなもの。抵抗感よりも気持ちよくなりたいという思いが勝って、意を決して穴に二本の指を突き入れた。それを美味そうに咥え込んだ窄まりは、己の意思とは関係なくキュンキュンと指を締め付けて先を促す。だが、こんなものでは全然足りない。国広が欲しいのは、もっと大きくて、熱くて、固いそれで――。
「ちょ、うぎ……」
声が、震える。
くぱりと入り口を開き、淫らに腰を揺すりながらはしたなく雄を誘った。
「長義の……おっきくて熱いの、っ……ここに、ちょうだい……」
涙目で懇願すれば、チッと軽く舌打ちをした長義が、上から覆い被さってきて国広を犯す。ずちゅんっ! といきなり奥まで挿入された時、あまりの衝撃に胃が飛び出るかと思った。心なしか先程よりも膨張したように思える欲望で満たされ、国広は息をするのも忘れて感じ入る。しかし、束の間の充足感に浸っている暇もなく。すぐに長義の腰がガツガツと動き始めてしまったものだから、あとは意識を手放さないようにするだけで精一杯だった。
獣のようにひたすらに腰を振り、相手を求める。堪らず両足を彼の腰に絡みつかせ、ぐぅっと奥まで来るよう促すと、長義は苦しそうに小さく喘いでから唇を噛み締めた。
「あ……っ、ああ、」
「は、……気持ちいい?」
ねぇ、教えて。
耳たぶを甘噛みされ、囁かれる。さらに動きが激しくなり、ぐらぐらと視界が上下にブレた。
「きもちい、い……っ! きもちいいから、ァ……!」
絶頂はすぐそこまで迫っていた。見える世界が徐々に白く染まっていき、己の限界を悟る。見れば長義も絶頂が近いようで、険しい表情のまま一心不乱に目先の快楽を追いかけていた。自分の身体に、あのプライドの高い男が欲情している。そう思うだけでクるものがある。
「あ、もぅ、……ッ」
「おれも、……はぁ、」
「んん、ん……っ! ぁ、あああ!」
内腿が痙攣する。
ぷしゅ、という音と共に、透明に近い精液が猛り立った分身から漏れ出た。同時に腹の中に生温かい感覚が広がっていき、満ち足りた気持ちになる。
達した後、長義の剛直は予想に反してすぐに抜け出ることなく。暫くの間国広の中に留まり続け、ふぅーっと深い吐息が頭上から降ってきた。そして、中の存在はそのままに長義は強く国広の身体を抱き締める。己の肩口にぐりぐりと額を擦り付けてくる男が、何となく幼子のようで可愛らしいと思った。
「……っ、?」
と、そこで、長義の半身が硬度を取り戻したことに気がつく。あれだけ長い間射精して出し切ったはずなのに、まだそんな元気があるとは。驚くと共に嫌な予感が胸を掠めた。
「なぁ、偽物くん」
ぐちゅり。
粘着質な音があらぬところから聞こえ、いよいよ危機感を覚える。まずい。このままでは間違いなくもう一ラウンドいきだ。満足して賢者タイムに入った国広としては、心の底からご遠慮願いたい。そんな思いから無意識のうちに腰が引けていたのだろう。苛立たしげにガッと横腹を鷲掴みにされ、恥骨が尻たぶにぶつかるほどに深く、ぐりぐりと肉壁を押し退けられる。
その際、余念無く国広の感じる場所を抉っていく男の器用さが、心底恨めしかった。
「俺は偽物なんかじゃない。そら、もう寝るぞ」
「ん? お前もやる気満々か? 随分と積極的だね」
「その寝るじゃない!」
「はいはい、駄々をこねるのは終わり終わり。付き合ってもらうぞ」
人の話を聞け! という嘆きは深い口づけによって奪われた。ふざけるな。このまま流されてやるものか。されど憤慨しながら抱いた意地は、理不尽な快感によって上塗りされていく。
「も、……やっ、ぁあ、……っ」
新たに与えられる熱にひれ伏し、身体が呆気なく陥落した様に、自分が情けなくなってくる。ミシ、ミシ、と小さく軋む音をBGMに、国広はなんでこうなってしまったのか記憶をひっくり返した。
そうだ。
あの時の俺たちは、救いようがないほど頭が馬鹿になっていたのだ……。