Epilogue
本物の恋とはなんだろう。
今までしてきたものは、恋と呼ぶには儚くて、愛と呼ぶには淡かった。来る者拒まず、去る者追わず。のらりくらりと目を背けては、未知のものへ向けられる好奇心のまま欲して、逃しては焦って、性懲りも無く探し続けた。
「美味いな、これ」
肩を並べて座る男の手の中にある、カップに入った溶けかけのアイスクリーム。ひとくち口に含めば甘いけれど、たちまち溶けて消えてしまう。冷たい見せかけの甘さだけでは、空腹は満たされない。そのことを知ったのは、この男に恋をしたから。
「……コンビニで売ってるやつの中では一番高いからな。よく味わえよ」
「フンッ、負けたくせして偉そうに」
「次にやったら勝てる自信がある……もうバナナは踏まないぞ」
「抜かれても赤甲羅で引き摺り落としてやるよ」
あの鮮烈な出会いから、早二年が経った。大学四年。就職先も決まり、授業も無くなって暇を持て余した毎日を送る二人は、のんびりと寄り添って過ごしている。
夏は終わりかけていた。あれだけうるさく響いていた蝉の大合唱も控え目なものとなり、アスファルトの上でゆらゆらと揺らいでいた陽炎もいつの間にか姿を消していた。晩夏の夜。肌寒い風が吹き、少しだけ涼しくなった黄昏時は、人気が少なく散歩がしやすい。そのことを知ってからというもの、度々国広は長義と共に行くあてのない旅路をふらふらと歩んでいる。
「あんたがゲームが上手いのは意外だったな」
西日を前に、眩しそうに目を細めながら、国広が言う。
「悪友が嗜んでいてね。あいつは友人がいないものだから、無理矢理付き合わされているうちに出来るようになっていた」
「……あんたも大概友達がいないだろうに」
「そんなに今夜手酷く食われたいのかな? 偽物くん」
「……手酷くされるのは、あれだが……その……いや、なんでもない」
尻すぼみになっていく国広の声に、色々と察したのだろう。「隠すならもっと上手くやれ」なんて頭を小突かれて、長義の顔がそっぽを向いた。銀髪から覗き見える耳が若干赤くなっているように見えるのは、空を燃やす茜に照らし出されたが故か、それとも……。
「秋は金沢にでも行くか」
いっそわざとらしいくらいに、長義が話題を変える。意外と彼は不意打ちに弱く、度々こうしてバレバレの照れ隠しをした。そんな男の不器用な誤魔化しに付き合ってやることにして、国広は何も気づいていない体を装い、彼の話題に乗ってやる。
「紅葉が見たいな」
「流石のお前も食い気より色気か」
「あんた、俺をなんだと思ってるんだ」
偶に戯れで繋がれる掌を、強く握り締めた。離れないように、逃さないように、無意識下で行われる拘束は、されど息苦しくはなく心地良い。
自分を欲してくれている。その安心感といったら。天にも昇る心地になって、外だというのに今すぐ長義に触れたくなった。直接肌を重ねて、吐息を奪い合って、指一本動かなくなるまで激しく愛し合いたい。欲求不満なのだろうか、などとぼんやり考えながら長義の方を見れば、熱を閉じ込めた瑠璃色と目が合い、思わず噴き出してしまった。やはり、自分たちは似ているようで似ていなくて、似ていないようでとても似ている。
「……帰ろうか」
「あぁ」
散々国広の家に入り浸っていた長義は、大学四年になったと同時に自分の部屋を解約し、ある日突然国広の部屋に押しかけてきた。それから今に至るまで、二人は時折衝突することはあれど賑やかに同居を……同棲を続けている(サプライズで遊びに来た従兄弟たちに長義と住んでいることがバレて、危うく流血騒動になりかけたのは余談だ)。
来年の春には社会人になる。
奇しくも就職先は同じで、とある総合商社の営業だ。しかも、名の知れた大グループである旧財閥系の長船会が運営している会社である。これからは恋人という関係以外に、新たにライバルという関係も加わるのだと思うと、そんな未来を想像するだけで胸が躍ってしまう。こればかりはもうどうしようもない。当たり前のように自分の描く未来に彼がいる。そのことに対して覚えた擽ったさも、とうの昔に押し殺すことを諦めた。
二人、肩を並べて帰路をゆく。
一寸先は闇、だった。同性同士の恋人関係。先の見えない不安も、共に在ることの喜びも、すべてを分かち合って生きていく。
この手があれば恐れるものなど何も無い。
そんなことを考えた夏の終わり。何処かから漂ってきた肉じゃがの匂いに触発され盛大に鳴った腹の虫に、二人同時に噴き出して、ひとしきり笑った。
【Rental Love 完】